「ハンナ・アーレント(映画)」を観て

今日は!白河清風です。

   先日「ハンナ・アーレント(映画)」を観ました。監督はローザ・ルクセンブルクなどを製作したマルガレーテ・フォン・トロッタで、日本では2013年リリースされたものです。

   映画の表題にもなっているハンナ・アーレント(1906生まれ)は、ドイツに生まれ、ナチス政権による迫害を逃れてアメリカへ亡命したユダヤ人で、マールブルグ大学ではハイデガーに師事します。

   亡命後のアメリカでは1951年に市民権を取得後、シカゴ、プリンストン、コロンビア大学等で哲学の教授を務めます。
1960年のある日、ナチス政権時代に親衛隊の幹部だったアイヒマンがイスラエル諜報特務庁(モサド)によってイスラエルに連行された記事がニューヨークタイムズの一面トップに掲載されてます。

   それを見たハンナ・アーレントは居ても立っても居られず、イスラエル政府に対し、裁判の傍聴を申し入れます。裁判でアイヒマンは1961年4月より人道に対する罪や戦争犯罪の責任などを問われて、同年12月に有罪・死刑判決が下された結果、翌年5月に絞首刑に処されます。

   ハンナ・アーレントはこれを受けて、1963年にニューヨーカー誌に『イエルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告』を発表しました。その報告の内容は「極悪非道の権化と思われていたナチ高官のアイヒマンは、そもそもユダヤ人に対し憎しみなどの特別な感情はなく、下士官として上司の命令に忠実に従っただけに過ぎない小役人であること、一方でユダヤ人社会でも抵抗をあきらめてナチの政策に協力した者がいて被害を拡大したこと、アイヒマンの行為は非難されるべきだが、そもそもアイヒマンを裁く刑法的な根拠は存在しないこと等」をニューヨーカーの連載記事として掲載しました。

   アメリカのユダヤ人たちは、当然のごとく最大限の非難をアイヒマンに浴びせ、死刑の正当性を高らかに謳い上げ、ナチの毒牙にかかったユダヤ人を悼むという報告内容であると思っていたところにこの報告を見て、烈火のごとく怒りを露わにし、アーレントを非難中傷します。

   映画の最後のシーンで、アーレントは自分の大学での講義を行い、この報告を詳細に声高々に説明します。受講生には学生のほかアーレントの古い友人も含まれていました。講義が終わると学生からの熱狂的な賞賛を受けるとともに肩を怒らせて出て行く旧友たちの姿がありましたが、アーレントにはそれを乗り超えていける精神的な強さを感じました。

   ユダヤ人たちの気持ちもわからないではありませんが、今後社会をいかに改善していくべきかの議論では、因果応報的な発想(やられたらやり返す)ではなく、悪の本質を追求することが重要であるとアーレントは考えたのだと思います。

   当時世界で一番民主的と言われたワイマール憲法の下、いとも簡単に全体主義国家となった背景には、単に社会の歯車になって上司から言われたことを忠実に行うことに価値観の重心を置くという発想が強かったからではないかと思います。

   常に自分の座標軸を持ち、しかもその微調整の時間を惜しまず、思考し続けることが社会および自分を助ける力になると思いました。

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